プロフィール

西尾 大樹
西尾 大樹

西尾 大樹 

1978年4月10日生まれ 東京都中野区出身。 絵描き 料理人 パリ住。

学校が退屈で仕方がなかった少年時代。

中学2年生の2学期を過ぎると給食の時間が近づいてから手ブラで登校する自由気ままな”半不登校児”になりました。その後高校への進学などはもちろん考えることが出来ず、中学を卒業すると同時にアルバイトをしながら図書館や古本屋で絵の技法書を探し読みながら独学で油絵を描き始めました。

しばらくして近所の画材店で開かれていた絵画教室に通うようになり、その頃教室主催のグループ展に定期的に絵を出展しています。

19歳の時、初めての海外旅行を画材店の店主の企画で絵画教室の生徒達と一緒にしました。行き先はオーストリアのインスブルックからチロル地方、そしてザルツブルグからウィーンへと続くものです。それは当時の僕にとってはとても高額な旅でしたが、時間をかけてその為に少しづつ準備をしたことで実現出来ました。

その時初めて目にしたヨーロッパの風景や街並み、そこを闊歩する人々に食べ物、日本には無いその全てのものに感化され、さらには他の国も訪れてみたいと、その翌年から1〜2年おきに1人でバックパックを背負って旅行をします。

インド・ネーパル、そして西ヨーロッパの国々をまわり、点在する街を訪れては街中を歩き回って風景をスケッチをしたり、そこにある美術館や博物館に行ってはたくさんの作品を見ました。

パリへ。

次第に今度は旅行で海外を訪れるだけでなく、実際にその場で生活をしてみたいと思う気持ちが募りはじめます。そして2003年の5月、25歳の時に持っていたわずかな貯金を全て崩して、まったく無計画なままパリにやってきました。

パリを選んだ理由は、西ヨーロッパを周遊した際、素敵な街は本当にたくさんありましたが、何よりゴッホやピカソやモディリアニ、そして印象派の画家達がかつて実際に活躍していた街だということに想いを馳せていたからでした。

とはいえ、当初はヴィザすら持っていない上、フランス語もまったく出来なかったので当然真っ当な仕事にはありつけず、パリで出来たできた日本人の友人や知人の紹介で観光客にパリの街案内をしてみたり、引っ越しの手伝いやマッサージ師の真似事などをして日銭を稼ぐも生きていく分を稼ぐには程遠く、生活費の大半はレストランの洗い場や調理補助の仕事で得ていました。

切り詰めた生活をしながら小さな部屋で絵を描く生活をして、時折展覧会をしたりしていましたが、2007年、突然の重篤な腰のヘルニアにより身動きが取れなくなってしまいます。ヴィザや保険もまだ無いままだったので本当に四苦八苦しました。結局8ヶ月以上の月日を経てやっと一人で外に出られるようになり、普通に歩けるようになるまでには、さらに5ヶ月くらいの時間が掛かったと思います。

料理人として働く

パティスリーでマカロンを作る仕事の手伝いなどをしましたが病気をした経験から保険の必要性を強く感じて本格的に料理人になることで労働ヴィザを取得する為、弁護士に依頼して書類を作成し、周りからの協力もあってなんとかヴィザと保険を得ることが出来ました。 しばらくのあいだは小さなレストランでシェフとして働いていましたが、その後は友人の紹介でダイアナ妃が最後の夜を過ごした事でも有名なパリの超一流ホテル、オテル・リッツHôtel Ritzで働き始めます。

豪華絢爛なホテルでの仕事は当初、本当に落ち着きませんでしたし、給料も決して高いと言えるものではありませんでしたが、何より労働時間や制服の貸し出しなど環境が整っていたこと、そして気の良い同僚たちと一緒に仕事をできていたことが何より恵まれていたことだったと思います。今となっても当時の仲間とは良い友人関係にあるのは、その時に得ることができた大切な財産だと思います。

新たな挑戦

オテル・リッツの4年にも及んだ大改装工事をキッカケに以後別のホテルに移って働き、改装後に一時またオテル・リッツに出戻って働いていましたが、今は自分の時間がさらに取れるようにと小さなホテルに移って働きながら絵を描いたり、こうしてブログを書いてこれまでの経験・体験を交えながらパリでの生活から皆さんにいろんなことを発信していけたらと思います。

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