
『Lollipop candy』
街を歩いているときや映画を見たとき、日常のどこかで目にした誰かのイメージが記憶に残り、時間が経つにつれてそれが混ざりあってイメージが膨らんでくる、ということがあります。
そうした着想からの絵ですので「これはどこの誰?」と聞かれても「どこの誰でもありません」とういことになるのですが、実在していないということから実在する人やモデルを描くときのような変な気を使わず自由に描ける、というところはとても良いところだと思います。
今回紹介するのは赤い髪のキャンディーを口に咥えた女の子の絵です。 赤い毛といっても実際にはオレンジに近い明るい色の巻いた髪で、グリーンの瞳と、鼻から目の下にかけて薄いそばかすを浮かべた元気のあるイメージの、感じとしては80年代のポップな雰囲気を持つ女の子です。
制作過程
描き始め
初日。 下描きはせずにイメージを優先して描いて行きます。 2回目。 仕上がったときの色合いを想定して色を置いていきます。
それでは制作過程の紹介です。 時と場合によって油絵の具で描き始める前に、下描きをする事もありますが、今回は自由にのびのびと描きたかったことから直接油絵の具をつかっての描き始めです。
もちろん細かいディティールも、ある程度はイメージしておきますが、どちらかというとその時々で好きに描いていこうというつもりで進めていこうと思います。
これは無意識のことなのですが、以前から僕は、使う色の系統にブルーにグリーン、といった寒色系の色が多く、あまり黄色から赤い色にかけての色を主体とした絵というものがありませんでした。
そうしたことから今回は暖色系の色を軸とした絵を描いてみたかったので、この初期の段階でこれから後半にかけて主体になる色が、女の子の髪の毛の色を主役にした、暖色系のバランスになるよう配色していきます。
髪の毛はとてもボリュームと動きがあるので、中に着るシャツは極シンプルな白、ニットのカーディガンは髪と合わせ、背景はテール・ヴェルト(仏語で緑土の意。)を主体とした温かみのあるみどり色にしたいと思います。
土台作り
3回目。 土台になるようしっかり固着するよう比較的厚めに色を塗るようにします。 少しシルバーホワイトを多めにしながらも混色をあえて多くし、くすんだような色合いにして後の乗せる明るく彩度ある色が映えるようにします。 ここで1度濃い色の細い線を入れ、まつ毛を書き込むと表情がガラリと変わりました。
だんだんと形ができ、土台が出来てくるにしたがって顔の表情や指先もはっきりと描きこんでいきます。
最終段階での髪の毛の色、そして背景の色は色調、雰囲気ともに明るいものにしたいので、この段階ではそうしたこの後に乗せていく色が映えるように少しくすんだ若干暗めのトーンで描きます。
完成時には明るいオレンジの髪にしていきたいので、少し迷った後に土台になるような色として選んだのはヴェネシアン・レッド(ヴェネツィアの赤)という濃いレンガ色の絵の具です。
酸化鉄を顔料としたヴェネシアン・レッドは混色をする際にとても強い色で、少量でも他の色を覆ってしまうくらいですが、上手く使えば非常に魅力のある色です。

マスキング
あまり油絵において一般的ではありませんが僕の描き方としては比較的絵の具の層が薄く、凹凸が少ないのでマスキングをよく使います。 マスキングを施したことで色の境目を気にせずに大胆なタッチで筆を運ぶことができるようになります。 そのまま髪、背景と衣服をこれまで重ねてきた色の上にさらに絵の具を重ねてお互いが引き立て合うようにしていきます。
長く絵を描いていると、やはりその中で『自分のかたち』や『個性』といったものが出てきます。
例えば同じ『絵』であっても人それぞれに描きたいものや表現したいものが違うように、『技法』や『タッチ』も決して同じようにはなりません。
そして僕の場合、こだわりというか好きなところとして『線』というのがあります。 それは輪郭を作るものの場合もあるし、ある『境界線』の場合もあります。
そうした中で僕はマスキングというものを必要に応じて使うことが多くなりました。
本来、油彩画は描いている過程で画面が完全に乾く、ということがないまま生乾きのうちに描き進めていくことが基本であったためにマスキングをするという概念はほとんどありませんでした。
ですが僕の描く絵は、重ねていく絵の具の層が比較的に薄く、乾燥が早いことからマスキングを技法に取り入れるようになったのです。
仕上げ
マスキングを剥がして全体的な色のバランスを見ます。 ここからディティールを描き込んでいきます。
マスキングを剥がしたら、マスキングの境界線に絵の具の小さなバリ(余分に盛り上がったところ)がある場合があるので、その時にはペインティング・ナイフでこそぐようにそれを取り除き、全体的なバランスを見て、バランスを改善できるようなところがあるかを改めて見直します。
主にマスキングのあった境界線のところに極先の細い筆でラインを入れるようにグラデーションを入れながら縁取りしていきます。

いよいよ最終段階です。
瞳やアクセサリーに映る反射光、まつ毛やそばかす、口元などのディテティールを描き込んでいきます。
キャンディーを持つ右手にしている腕輪の色は、どういった色にしたら全体的なバランスを保ちながらも良いアクセントになってくれるかと随分と考えた結果、青い色にしました。
完成

『Lollipop candy』
61× 50 cm カンバスの油彩 2021年度作。
サインを入れたら完成です。
『サインも絵のうち』というように、絵自体にも影響するものなので色合いも合うものにします。 今回は画面全体の中でも補色であり、アクセントになっている青い腕輪の色に近い色でサインを入れました。
髪の色に似たニットのカーディガン、口に含んだキャンディーもオレンジ色です。 衣服はシンプルなものなので、少しそれだけだと寂しいと思い、揺れるイヤリングにブレスレットもつけました。
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