油絵を描こう 10

キャンバスを張ろう!!
キャンバスを張ろう!!
スポンサーリンク

キャンバスのおはなし。

1度『油絵を描こう 2』の記事を書いた時に油絵に使用するキャンバスについて少し紹介したことがありましたが、今回はそのキャンバスについて少し掘り下げて書いてみたいと思います。

以前にも書いたことのおさらいとして、キャンバスは今でこそ木綿や合成繊維で作られたものもありますが、基本的には亜麻という種類の麻の繊維で織られた布で、もともとは船の風を受けるための帆布として使われていたとても丈夫なものです。 

膠で目止めをしてファンデーション(下地)を塗った後、木枠へと張り付けて支持体(絵が描かれる場所)とします。

他にも厚紙や木のパネルに比較的に目の荒い布を貼ってキャンバスのようなテクスチャー(質感)を持たせて絵の具の引っ掛かりを良くした代用的なものや、麻で作られたものと比べると安価なコットンで織られたものも市場に多く出回っています。

どうしてキャンバスに描くの?

ひとつ目の理由

それではどうして油絵はキャンバスに描くのが良いのかということですが、まずひとつめに丈夫であり不変性に優れているということが挙げられます。 つまりは時間の経過による劣化に強くいつまでも長く保つということですね。

はるか昔、画家たちの仕事は絵の具ひとつをとってみても、顔料の塊から仕入れ、それを砕いて乳鉢で細かく粉末状にして大理石のパレットので毎回使う分量の絵の具を練りながら描いていたということですから、今よりもはるかに長く時間のかかる作業であったことが想像できます。

そうして例えば教会に飾る宗教画であったり、あるいは貴族の肖像画であったりと画家の作品を永続的に後世に残していきたいという意識と願いはとても高かったはずです。

そのことから壁に直接描くフレスコ画よりも場所の移動も容易で木材や絹よりも虫食いによる被害も少ないという麻のキャンバスが16世紀以降より多く使われてきました。

モナリザの桜の木

レオナルド・ダ・ヴィンチの『モナリザ』は桜の木の板に描かれていますが、500年以上の時を経た今も作品として健在です。 ですがここ数年よく耳にするのはモナリザはそろそろ修復が必要で、そのうちにルーブル美術館の壁から外されてしばらくは人目から隠れてしまうだろうということも囁かれています。

そこでいつも思う疑問なのですが、それはダ・ヴィンチがモナリザを描いた16世紀の初頭、すでにキャンバスが使われるようになって1世紀くらいは経っていたはずなのですが、どうしてダ・ヴィンチはキャンバスではなく桜の木の板にモナリザを描いたのだろう? ということです。

これは勝手な僕の憶測ですが、ダ・ヴィンチにとってモナリザは、自分の全てを吹き込むようなマスターピース(傑作)として後世に残すことをあらかじめ意識して描いた作品だと思います。

そういった特別に大切な作品を描こうとした時、支持体にキャンバスよりも桜の木を選んだ理由は、『その時点でキャンバスに描かれ残された作品よりも、木に描かれ残されている作品の方が多かったために、より信用を置ける方を選んだ』のではないかということです。

ふたつめの理由

ふたつめの理由としては油絵の具を練っている油がキャンバスの材料である亜麻の種子から抽出したリンシード・オイル(亜麻煮油)であるため、相性がこの上なく良く、まさに親子の関係とも言えるということです。

ただ絵の具の堅牢性(乾いた後の丈夫さ)という意味ではリンシード・オイルが一番優れているのですが、唯一の欠点として黄変(黄色がかっての変色)しやすいことから今ある絵の具のメーカーのほとんどは透明度の高いポピー・オイルやサフラワー・オイルで練った油絵の具をチューブに詰めて売っています。

僕個人としてはリンシード・オイルの薄い琥珀色や匂いがとても好きなので、油絵の具の溶き油に使う乾性油としては、ポピー・オイルではなくリンシード・オイルを使っています。

ロールキャンバス。
ロールキャンバス。
みっつめの理由

最後の理由としては、『らしさ』や『夢』など、少し抽象的なものが挙げられると思います。

やはりどんなに新しく優れた材料で作られたキャンバスが出てきたとしても、たとえば印象派の画家たちが使ったのと同じ麻のキャンバスに何か想いを馳せながら絵を描くというのはとても夢がありますし、その辺の適当な紙に描くのに比べると、少しの緊張感も伴って真剣味も出てきます。

麻のキャンバスというのは、どこか少し懐かしいような独特な匂いがします。 特にロール状に巻かれたキャンバスを広げた時に漂う匂いを嗅ぐと、それだけでなんだかリラックスするような、それでいて絵を描きたくなるような、そんな匂いです。

キャンバスの規格(号数)について

キャンバスの大きさを表すのには『号数』が使われます。 数字が大きくなるにつれて大きくなり、日本ではよく、1号のおおよその大きさはハガキ1枚ほど、ということがよく言われ、つまりは8号であるならハガキおよそ8枚分の面積のキャンバスであるということです。

もちろんおおよそですし、また同じ号数でも縦と横の比率の違いからF(Figure 人物)、P(Paysage 風景)、M(Marine 海景)と長編は同じでも短辺の長さが変わる規格があるので、例えばF8号よりもP8号の方が同じ長辺でも面積はPの8号の方が小さくなり、M8号であるならさらに面積が小さくなります。

人物、風景、海景とは呼ばれていても、パノラマ調になることで風景画に向いているのでは、とされたためそうした呼び名が付けられただけなので、もちろん縦にして描いても何を描いても構いません。

日本サイズ・フランスサイズの違いについて

かつてフランスではそれぞれ違った大きさのキャンバスの木枠を売る時に、例えばある大きさの木枠を10フラン(フランスのかつての通貨)で売っていたから10号、20フランの大きさであるなら20号、といった具合に売られていた値段がそのままキャンバスの号数になったという話があります。

そうしてやがてキャンバスがそうした号数の規格と共に日本へと伝わったのですが、ここで少し問題が起きます。 

それは当時日本ではまだメートル法が取り入れられておらずに尺寸法が使われていたため、それに都合が良くなるよう小さな誤差や小数点の切り捨てがされてフランスの企画とはほんの少しだけ違った規格のものになったということです。

やがて日本にもメートル法が取り入れられると、尺寸方によって測られていたキャンバスがメートル法に再度換算されことにより、例えばフランスサイズのF10号が55×46センチとするなら、日本の規格ではF10号は53×45,5センチといった具合にほとんど同じ大きさでありながらも小さな誤差が生じたのです。

ですので、例えばフランスに旅行に来て蚤の市などでキャンバスに描かれた絵を買って日本に持ち帰り、同じ号数だからといって日本で既製の額縁を買うとどうしても合わない、などということになってしまいますのでその時にはフランスサイズでの額縁を注文しなくてはいけません。 

キャンバスを張ろう

キャンバスは画材屋さんに行けば、すでに木枠に張られた俗にいう『張りキャンバス 』というすぐに絵を描き始めることができるものが売っているので、わざわざ自分でキャンバスを張る、という人はそんなに多くはないのではと思います。

けれど木枠とロールキャンバスを別々に買って自分自身でキャンバスを張ってみたいという人も中にはいると思うので、キャンバスを自分で貼るということに対してのメリットを書いてみたいと思います。

まず先に、こうした作業があまり好きではないし、キャンバスを張る作業に時間を費やすくらいなら、直ぐに絵を描き始めたい、と思う場合には正直多少の手間ではありますし、すでに張ってあるものを使う方が良いでしょう。

ですがもしも少しでも興味があってやってみたい、という場合には是非やってみることをおすすめします。

まず自分でキャンバスを張れるようになると、選ぶキャンバスにもよるのですが、張りキャンバスを毎回買うよりも基本的には経済的です。 

ロールキャンバスは画材屋さんによっては切り売りをしている場合もありますが、たくさん絵を描いていきたい、という場合にはロールキャンバスを1本買っておけば、描きたい時に描きたい大きさの木枠だけを買えば良いのでとても便利です。

また自分でキャンバスを張ると、すでに張られて売っているキャンバスよりもしっかりと強く張ることができるようになりますし、何より自分で張る、いう行程をひとつ踏まえることで、そこにこれから描く絵に対する愛着も一層深まることでしょう。

左側の写真はキャンバスを張るプライヤー(拡張機)と金槌です。 

僕の持っているプライヤーは日本のホルベイン社のもので口のところがギザギザになっているものですが、口のところにシリコンが付いていてすべりにくくキャンバスを痛めないようにしてあるものもあります。

右側の写真は左側が日本からもってきたブルースチール製のタックス、もう一方はキャンバス用ではないのですが僕が好んで使っているフランスで見つけた銅製のものです。

タックスは普通の釘と比べて後々に抜きやすいよう短く、鋭利な角度がついています。 材質も普通の鉄のものもあれば、少し値段が高くなりますが、サビに強いステンレス製のものもあります。

左側の写真はタックスの代わりにキャンバスを木枠に固定することが出来るガンタッカーです。 日本でも好んで使う人がいるようですが、フランスでは特によく使われ、ガンタッカーですべて止めてあるキャンバスを多く見かけます。

非常に便利ですが、やはり細いので使う場合には出来れば少し多めに打つことと、安価な芯は少しの湿気でも長期的に見ると錆びやすいので、ステンレス製の芯を使うことをおすすめします。

僕は基本的にはタックスを使っていますが、張り終えた後、うしろ側に残ったキャンバスのをきれいにまとめる時にだけガンタッカーを使っています。 

キャンバスと湿気

本来キャンバスが生まれたヨーロッパの気候においては年間を通して空気に湿気をあまり含んでいないので、キャンバスにとってとても都合が良いのですが、日本では特に梅雨時期にでもなればとても高温多湿なのであまりキャンバスにとって良い環境ではないので注意が必要になります。

麻で出来たキャンバスは、湿気によって伸び縮みしますので、キャンバスを張る時には雨が降っていて湿気の多い日に張る方が後でピンと張るので都合が良い、というようなことが一般的には言われていますが、湿気の条件やキャンバスも物によって細めのものであったり粗めのものであったりといくつか種類がありますので必ずしも湿気の多い日が良いかというとそうでもないようです。

いつまでも変わらない色

その時の自分の気持ちを織り込むようにキャンバスに描いた絵というのは、色褪せずにあり続けます。

今年はコロナの影響から日本への一時帰国を断念してしまいましたが、今でも東京の実家に帰って当時の色のまま残っている自分が若い頃に描いた絵を見ると、面白いことにその時の状況や感情の断片を鮮明に思い出すことが出来ます。

どんな絵でも自分でなんとなく気に入った絵を描くことが出来たら、それはきっとこれから20年経ってもまだ大切にしたいと思える絵であるはずですからね。

どうでしょう?

次の週末に小さなキャンバスを用意して、何か素敵な絵を描いてみるというのは。。

コメント

タイトルとURLをコピーしました