
アジアからの移民たち。
パリに来てまだ間もない頃は、とにかく貧しかったので、例えば知り合った日本人の友達と外食に行ったり、軽く飲みに行ったりという事は、ほとんどと言ってもいいくらいできませんでした。 今でも思う事ですが、パリの外食産業の価格はそれでなくとも日本と比べるととても高いので、気軽に入って食事をするという感覚ではなかったのです。
そうすると必然的に自分で食べるものは自分で作るという習慣ができるので、なるべく食費を抑えるためにその当時住んでいた地域からは多少遠かったのですが、パリのチャイナタウンと呼ばれる場所に月に何度か行っては食材をまとめ買いしていました。
パリにはアジア系の移民が多く住むチャイナタウンと呼ばれるエリアは小さなところも含めるといくつか点在しているのですが、僕が最も頻繁に通ってきたのは南側13区に位置する最も大きなチャイナタウンです。
チャイナタウンとは言っても元々はかつてフランスが植民地化していたベトナム、ラオス、カンボジアからの移民たちが多く移り住んだ場所で、中国からの移民たちはそれを追うように後から来たということです。
あまり特殊なものになると難しいですが、そうでなければ基本的な日本食材のお醤油にお味噌、お米にわさび、米酢に海苔やインスタントラーメン、それから野菜も大根や白菜くらいならすぐに見つけることができます。
それ以外にも通い始めて間もない頃には冒険心も重なって今まで食べたことがなかったジャスミンライスと呼ばれるタイの香り米を買ってみたり、初めて見る中華料理に使う調味料やベトナムの米粉で作られた乾麺、一風変わった食材を探しては買って帰って味見をして、こうだろうと感だけを頼りに料理を作ったりしていました。
今のように簡単に携帯で調べることができた環境ではなかったので感と想像力だけを頼りに色々なものを作りましたが、今思い返せば当時はそうした料理を自炊する時だけが同時に唯一の娯楽でもありました。 何しろパソコンどころかテレビも持っておらず、その時住んでいた小さな屋根裏部屋には古いラジオがひとつあるだけでしたから。。

おしゃれに作ったお店もいくつかありますが大半は年季の入ったくたびれた感じのお店で、行き交う人たちはフランス人よりもアジア系の人たちの方が圧倒的に多く、パリ市内の中では変わった雰囲気を醸しだす場所ですが、僕にとっては日本人街とも言われるオペラ座界隈よりもずっと、親近感が抱けてホッとできるような場所です。
お客さんたちもほとんどがアジアの人ばかりな精肉店。 一時期はよく買っていた製菓店の蒸したお菓子は素朴な味。 台湾出身の人がやっているという、たい焼き屋さん。比較的まだ新しいお店。
まわりには市営住宅の高層マンションが立ち並び、アジア系の人が営むアジア人を対象にした美容室、ネイルのブティックに近年流行のタピオカミルクティーのお店、レストランも中華にベトナム、タイ料理とたくさんのお店があります。
陽の当たらない場所に生きたとしても
ただなんでもあると言えばやはりアンダーグラウンドな部分もまだ多く生きていて、アジア系の人たちに限ったことではないですがフランスでは正規の滞在許可を持たずに生活をしている外国人たちがたくさんいますし、そういう僕自身もかつて滞在許可証を持たずにパリで生活していた時代がありました。
そういった人たちはやはり横のつながりがとても強く、助け合って生きているところがあるので、例えばあるマンションの一室で密かに美容室を営んでいて、お客さんたちは口コミでできた常連だけで安く、その代わり現金払いのみ、などというところが今でもたくさんもあります。
僕も中国人の知り合いに連れていってもらって髪を切りに行ったことが何度かありますが、待つ人たちのために並べられた椅子の横には中国語の新聞や雑誌が置かれていてパリのイメージとはかけ離れた空間がそこにはありました。
くだものの王様、ドリアン。 日本でもお馴染みのチンゲンサイ。
僕を含め、パリに住む日本人は転勤で仕事に来た駐在員さんを除けば自ら望んで来たという人たちが大半ですが、大きく違うのは、彼らのほとんどは自国では生きるのが難しく、生きていくために移り住んだということです。
最初にフランスの旧植民地から移住してきた50年以上前の人たちの世代から数えると、2世代目、3世代目とパリで生まれ育ち、フランスの教育を受けてフランスの社会でフランス人として生き、活躍している人たちが今ではたくさんいます。
ライチに似たフルーツ龍眼(ロンガン) ドラゴンフルーツ。確かにドラゴンが食べそうな見た目かも。
ただやはりある程度大人になってからパリに移り住んだ外国人というのは、20年、30年と、どんなに長い時間をフランスで過ごしたとしても、あるいは国籍を取得したとしても、母国は生まれ育った祖国だと思っている人が大半です。
中でも中国からの移民というのは『華僑』とも言われる通り、『その土地で外国人として生きる』のではなく、その土地に『中国を築く』というような生き方、哲学を持っているので、このチャイナタウンにおいてはフランス語がまったく話せなかったとしても、中国語さえ話せたら生活には何にも不自由せずに生きていくことができるくらいだと言います。
食欲をそそる吊るされた広東風焼きガモ。 フランス語と中国語表記の中華料理屋さんのメニュー。
アジアごはん
普段、僕はあまり食べ物に対して強い好みというか、これでなくてはいけない、といったような強いこだわりはなく、結構何を食べていても幸せを感じられるのですが、それでも時折何か外に美味しいものを食べに行きたいなあ、という時には、フランス料理や他のヨーロッパの料理よりも、やはりアジアのごはんが1番初めに思い浮かびます。
4人、5人、あるいはそれ以上の大人数の時には大きな中華料理屋さんで同じテーブルを囲んでいろんな料理をみんなで分けて食べるのはとても楽しいですし、少人数やひとりでいる時には牛の出汁が美味しいベトナムの麺スープ、『フォー』を啜るのも悪くありません。
ベトナムのサンドイッチ、バインミー。 串になった鶏肉、練り物に揚げ春巻き。
少し家からは距離があったということもあり、チャイナタウンに買い物に来ると、安く食材が買えるので毎回大量に買い物をしていたのですが、それがちょっとした一仕事でもありました。 そうしてここへ買い物に来てお腹が空くと、チャイナタウンでしか買えないベトナムのサンドイッチをよく買って食べていました。
ベトナムを植民地のひとつとしていた当時、フランスパンが浸透して、その後現地で作られるようになった『バインミー』というサンドイッチが、今度はベトナムからの移民の手によってこのチャイナタウンで売られるようになったのです。

この日は久しぶりに、昔からあるベトナム料理のお惣菜屋さんでサンドイッチ『バインミー』を買って近くの公園で食べました。 フランスパンを横から縦に切ってローストしたお肉やサラダに野菜、パクチーが挟まれていてお好みで辛いソースをかけてもらって食べるのですが、これだけでお腹を充分に満たしてくれるボリュームに加え、美味しくて安いので、いつも並んでいるお客さんがいます。
パリに来てから今日まで幾度となく足を運んで来たチャイナタウンですが、今でもここへ来て買い物や食事をするたびにパリに着いてからまだ日が浅く、苦労ばかりしていたあの日々のことを思い出します。。
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