
かつては駅舎だったオルセー。
先週末の午後、久しぶりにオルセー美術館へ行ってきました。 いつもの週末なら入り口には世界中からの観光客で長い列ができていて30分くらいは待つのが普通なのですが、やはりコロナの影響が強く出ている真っ只中であるということと爽快な秋晴れで外出する人たちも屋外を好んだのか、予想していた以上に空いていて切符売り場までまったく並ぶことなく入館することが出来ました。
オルセー美術館はむかし、ホテルを併設したパリから南に向かう長距離鉄道のターミナルだったのですが、その駅舎だった頃の名残をのこしながら1986年、19世紀の半ばから第一次世界大戦くらいまでの時代の美術作品を収蔵する大きな美術館として生まれ変わりました。
地上階にはのどかな農民たちのいる風景を描いたミレーの『晩鐘』や『落ち葉拾い』、アレクサンドル・カバネルの『ヴィーナス誕生』、アングルの『泉』など錚々たる作品が展示されていますが、やっぱりなんといっても一番人気を集めているのは、モネにセザンヌ、ルノワールといった印象派の作品群、そしてポスト印象派とも呼ばれるゴッホやゴーギャンの作品の並ぶ最上階です。

こうしてオルセー美術館に足を運ぶのも、もうかなりの数になりましたが、やはり良い物は何度見ても良いということと、その時々で自分自身の心境や物の見方が変わっていっているということもあるので、すでに何度も目にしている作品であったとしても毎回新鮮な気持ちで見れるというのは、うれしいことです。

ターミナルであった頃からずっとあるという、入ってまもなく後ろを振り返るように見上げると見える大きな時計。 大きさもすごいですが豪華でいて繊細なディテールまでこだわったデザインも素敵です。
1世紀以上の時を経ても褪せることなく時を刻み、今日も美しいと感じさせてくれる普遍的な魅力が感じられますね。
絵画に彫刻、そして年代物の調度品と膨大な数にのぼる作品が展示されているオルセー美術館ですが、せっかくなので今日はその中からいくつか絵を選んで紹介したいと思います。

着るものこそ変われど酪農がむかしから盛んなフランスでは今も変わらずにこうした広大な土地で牛や羊にヤギが放し飼いにされている風景を見ることができます。 ミレーの『羊飼いの少女』。
宗教を題材にした絵か、そうでなければ有産階級からの依頼による絵画が主流だった時代にこうした純朴な田舎の風景を描いたミレーの絵を見ていると、人が生きる最も自然な姿というのはもしかするとこんな感じなのかな? なんてすこし都会での生活に疑問が芽生えてきます。

水がめを担ぐ左側の脚にかけられた体重とそれによってしなる緩やかな身体の曲線、そしてアングルの描く裸婦特有の陶器のように透き通る肌。 ジャン・オーギュスト・ドミニク・アングル 『泉』。
無駄なくシンプルでいて洗練された構図は本当に美しく、アングルが半生をかけて完成させたこの『泉』はルーブル美術館にある『グランド・オダリスク』と並んで僕が最も好きな絵のひとつです。

当時ゴッホが滞在していた南仏アルルを通るローヌ川と星空を描いた作品。 原題はLa Nuit étoilée(星のある夜)ですが、邦題の『星降る夜』もとても情緒ある素敵なタイトルで雰囲気を引き立ててくれるので好きです。 ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ 『星降る夜』。
複製されたものもよく目にしますが、こうして本物を目の前にして立つとゴッホの作品からは、他のどんな絵よりも胸に強く訴えかけてくるような夢や希望、そして孤独を含んだ『生』を感じます。
実際にはこの場所からだと方角の違いから柄杓の形をした、おおくま座(北斗七星)は見えないらしいのですが、そこはゴッホがした脚色としてまた色々と考察させられる面白さがあります。

今では絵の題材を探そうと思えばインターネットで好きな画像を探してプリントアウトするだけでも良いですが、当時はやはりそうもいかなかったので誰かモデルになってくれる人を見つける必要がありましたが、好きな時に誰かに目の前にいてもらうということは実際ではそう簡単ではないことから習作という意味でもゴッホは何枚もの『自画像』を製作しました。 ゴッホ 『アーティストの肖像』。
鏡を前にして見つめる自分自身の顔。 孤独の中で頼りにしていたのは弟のテオだけだったと言いますが、そのテオとのやりとりで交わされた膨大な量の手紙は現在でも残っていて、その内容から今日も多くの人の心を大きく揺さぶり続けます。
『ルーアン大聖堂 正面から見た扉口』茶色のハーモニー 『ルーアン大聖堂 扉口 曇天』 『扉口とサン・ロマン塔』陽光 『ルーアン大聖堂 扉口 青のハーモニー』 『ルーアン大聖堂 扉口とサン・ロマン塔 朝の効果』白のハーモニー
パリのサン・ラザール駅から電車に乗れば日帰りでも充分に行ける距離に、旧市街がとても素敵なルーアンRouenがあります。
ルーアンの大聖堂のファサード(正面側)は本当に素晴らしく、少し離れて見るとまるでレースで編まれたかのような質感を感じるとても綺麗な大聖堂です。 クロード・モネ 『ルーアン大聖堂』(連作)
モネは大聖堂の正面左手の部屋にしばらくのあいだ住み、朝には朝の絵を、夕方には夕方の絵を、といった具合に、太陽の光によって刻々と移り変わる大聖堂の表情を何枚もの連作として描きました。 そのうちの5枚がここ、オルセー美術館に展示されていますが日本でもモネのルーアン大聖堂の1枚を箱根のポーラ美術館で見ることができます。
『日傘の女』クロード・モネ 『ひなげし』クロード・モネ
モネがその名の通り、エチュード(習作)として描いたという日傘の女の連作の本当のタイトルは『戸外の人物習作』で、影のできていない女性が右を向いている方の絵は当時の妻であったカミーユが務めたものだと言います。 クロード・モネ 『戸外の人物習作』
そして右側『ひなげし』はモネの小さな作品の中では最も人気があるもののひとつで、ここでも妻のカミーユがモデルとしてこのパリから10キロほどのところにあるアルジャントゥイユの丘に立ちました。 クロード・モネ 『ひなげし』

ルノワールの代表作のひとつ、『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』は当時パリの北側、小高い丘のモンマルトルにあったダンス・ホールで陽の光を浴びながら賑わう大勢の人たちが描かれた大作で、フランスらしく、パリらしく、モンマルトルらしくてルノワールらしい、そんな素敵な絵だと思います。 オーギュスト・ルノワール 『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』。
友人たちにモデルを頼んで完成させたという絵ですが、この絵だけからでもなんだかルノワールの人物像が思い浮かんでくるような気がしますね。

印象派の絵が並ぶオルセー美術館最上階の一角、セーヌ川の方を向いている大時計の裏側からはパリの北側一帯が望めます。 特にこの日は快晴の青空だったので本当に爽快な景色でした。
こうしてみるといつもとなんら変わることのないパリですが、この青空の下、コロナの被害によるそれぞれの生活へ薄くまとわりつくようなストレスを今はまだ拭うことができませんし、それはきっとまた、世界中の人たち誰もがそうだと思います。
けれどきっとどんなに時間がかかったとしても決して止まない雨はないということを信じて前向きでいるしかありませんからね。
今できること、たとえゆっくりでもひとつひとつ、進めていけたらと思います。
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