油絵を描こう 8

チューブから絞り出したジンクホワイト。
チューブから絞り出したジンクホワイト。
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白銀の世界 ホワイトの話。

『白』と言えば、僕らの目に見えるすべての『白』は『白』だけれど、一年のほとんどが雪で覆われているような土地に古くから住む民族の間では、『白』を表現するのに『白』という言葉だけでは足りず、いくつもの『白』を表現する言葉があるという話を聞いたことがあります。

確かにどこを見渡しても雪に覆われていて真っ白だったらとしたら、どんな白なのかを細かく伝え合えるように言葉が発達するのは当然のことなのかもしれませんね。

白からグレー、黒にかけてのグラデーションは、正確には『色』ではないとされていますが(白黒の映画をさして『色の無い映画』と表現しますし。。)実際には光の加減や反射によって時にはグレーがかったブルーが加わったり、夕方、西日で空が赤らむときには白い自動車もオレンジ色に見えたりするように、その時の光の条件で白も他の色と同様、周りの色の影響を受けて色付いた白に変わります。

油絵を描く時にも、たとえば純白のドレスや天使の羽を描くにしても、チューブから出したままの真っ白な絵の具をそのまま使うということはほとんど無く、制作過程の最終段階でいれるハイライト(絵の中で最も明るい部分。例えばグラスに反射する小さな光の点。)にだけ無垢な白を使うということが一般的です。

そうするとハイライト以外は、特に白い絵の具の場合、他の色との混色の機会が多くなるわけですが、ひと口に白い絵の具と言っても顔料によって色合いや性質が違うので、特に他の色と混ぜ合わせた時には色合いが大分変わってきます。 

3つの白

左ジンクホワイトと右チタニウムホワイト
左ジンクホワイトのピグメント(顔料)と右チタニウムホワイトのピグメント。

油絵の具に使われる白い絵の具の顔料は主に3つあります。 それぞれ個性、というか一長一短があると言った方がいいかもしれません。 

ジンクホワイト 炎症を抑える軟膏にも使われる亜鉛華(酸化亜鉛)を顔料とした最も使いやすい白です。 透明度があり、他のどんな色とでも混色することができて、その淡い色は優しく、誰からも好まれると思います。 

基本的には白い絵の具はどれも堅牢度が他の絵の具に比べて高くはありませんがジンクホワイトは中でも最も弱いのが難点です。 特に画面にある程度の厚みを持って塗った後、他を色を重ね塗りして時間が経過すると乾燥速度の違いによる絵の具の縮みによって画面に細かい亀裂が生じやすいです。 

とは言えやっぱり一番使いやすいホワイトであることは間違い無いと思うので基本的には序盤に使う場合には厚塗りを避け、堅牢度の高い他の絵具と混ぜながら使い、後半以降普通に使うことをお勧めします。

基本的にはどこのメーカーでもポピーオイルで練られていることが多いですが、レンブラント(オランダ、ターレンス社の出している絵の具のブランド)など一部のメーカーはリンシードオイルで練ったものも販売しています。 

リンシードオイルで練ってある場合には乾燥が比較的早く、堅牢性が高くなりますが、僅かに淡い琥珀色が浮き出る場合があります。 ただそれさえも個性とするならリンシードオイルで練ったジンクホワイトも悪くありません。

シルバーホワイト (あるいはフレークホワイトとも。)鉛白(えんぱく)を顔料とする白で、読んで字の如く、鉛を含むのでジンクホワイトと比べると同じ内容量のチューブでもしっかりと重いのが特徴です。 

とても古くから使われて来た白色顔料で、日本でも歌舞伎役者が白く化粧をする時に使われてきたようですが、有毒性なので長期間の渡り皮膚に何度も塗布すると中毒性の危険があることから化粧品への使用はだいぶ前に禁止されています。

むかしパリの画材屋さんでシルバーホワイトを探したところ、商品棚には無かったのでお店の人に尋ねたら有毒性があるものなのでとお店の奥から出して来てくれたことがあります。

一部の重金属を顔料とする色、カドミウム系、クロム系、硫化水銀(バーミリオン)と混ぜることは化学反応から後に変色の可能性があるので避けるよう指摘されていますが、実際には油絵の具の顔料は油に覆われているので変色することはかなり稀のようです。 

ですがせっかくの作品が時間が経った後に変色してしまうのは勿体無いのでやはり避けた方が無難でしょう。(油絵制作の下描きに鉛を含んだ鉛筆の使用を良しとしないのは同様の理由によるものです。)

透明度はジンクホワイトに比べてだいぶ低いので隠蔽力(下の絵の具を覆い隠す力)もしっかりとあり、堅牢度もジンクホワイトよりも高くバランスの取れた白なので有毒性があるということを差し引いてもとても魅力のあるホワイトです。

ちなみに僕は絵の序盤、描き始めの頃にはシルバーホワイトを使い、後半からジンクホワイトに切り替えるというような使い方をしています。 そうすることで後半は混色制限をまったく気にせずに製作することができるからです。

チタニウムホワイト 酸化チタンを顔料にした近代に出て来た比較的新しいホワイトで、隠蔽力が群を抜いて高く、下にある色を完全に追い隠すことができます。 混色をする時には、とても強い白なので少量にしなければもう一方の色を飲み込んでしまうほどです。

例えば海景を描いて波打ち際の白い波を描く時に最後のハイライトに入れる時や、外に出かけて油絵を描こうという時になど携帯するのに少量で済むということなどの利点があるとされますが、やはり他の白とは一線を置いて使った方がいいでしょう。

ちなみに堅牢度が高いことからキャンバスの下地のファンデーションにはリンシードオイルで練られたチタニウムホワイトが使われることが多いようです。

その他の白

パーマネントホワイト メーカーが独自の顔料の配合で使いやすさを追求して作った白です。 序盤から仕上げにかけて使える便利さを追求した白で、1本あれば済むことから油絵の具をはじめに揃える時に、セットの中に入っていることが多いです。 

こうした絵の具はメーカーによってそれぞれ名前がつけられていたりするので例えば、ジンクホワイトとチタニウムホワイトをあらかじめ使いやすい比率でブレンドしたチタジンクホワイト(あるいはチタニウムジンクホワイト)というものも市販されています。

慣れたら色々なホワイトを工夫して試してみるといいと思いますが、最初は細かいことに気を取られるよりも楽しむことに重点を置くことの方が大切なので(面倒だと思ってしまったら台無しですからね。)ペインティングオイルと同様、こうしてあらかじめ使い易く配合されているものを使うというのもけして悪いことではありません。

『白』という『色』、胡粉のはなし。

話は少し逸れますが、日本画に使われる『胡粉』(ごふん)という色について少し話そうと思います。

この胡粉という白い色は、牡蠣やホタテなどの貝殻を原料に作られる白の岩絵具ですが、昔はイタボガキ(板甫牡蠣)など白みの強いの貝殻を積み上げ、天日と雨風に晒しながら時には10年にも及ぶ月日を経て風化させた後、精製していたというとても手間と時間のかかる日本画の絵の具です。(本来は日本画に用いる胡粉ですが、レオナール藤田がこの胡粉を油絵に使って、その陶器のように透き通った美しい白から賞賛を得たという話は有名です。)

今では技術の発達から10年も貝殻を風化させることなく、胡粉を生産することができますし(ただし、質が必ずしも優っているとは限りませんが。。)『純白の紙』というものも当たり前に見ることができますが、まだ手漉きの和紙が主流だった頃には『白い紙』と言えば、少し燻んだ色をした、(例えば藁半紙のような)白だったので『純白』という色は、絵の具としても紙としても、むかしは今よりもずっと貴重だったように思います。

そうしたことを想像すると、例えば和紙に鶴の絵を描く時など、胡粉を使う時の感覚も、むかしは大切に注意深く、神聖な気持ちで使っていたんだろうな、ということが想像できます。

冒頭で『白』は正しくは『色』では無いということを書きましたし、普段あまり白を『色』として認識することは少ないかもしれませんが、歴史と発展してきた過程を少しでも知り、注意を向けてみることで『白』を『色』として見ることができるようになると思います。

こうしたことは技術的なことに直結するものではありませんが、実は知っておくことで絵をとても良いものにしてくれます。  

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