
フライパンのみでロゼに焼く鴨のフィレ肉
フランスの伝統的な家庭のキッチンには必ずと言っていいほどオーブンがあり、お肉やお魚、野菜のみならず、ケーキやお菓子までもオーブンひとつあればなんでも作れてしまうので、フランス人にとってオーブンは欠かせないものです。
ですが日本では、もともと日本料理自体にオーブンを使うという習慣がないため、どちらかというとオーブンを備えた家庭のキッチンというのはあまり一般的ではないように思います。
フランス人は、やはり昔からたくさんのお肉を食べてきた民族ということもあり、普段からお肉を食べる量が平均的に日本人と比べて圧倒的に多く、たとえばビストロに行ってお皿に乗って出てくるお肉といえば、付け合わせを食べなくてもお腹がいっぱいになってしまうくらいのボリュームの時があるくらいです。
お肉屋さんやスーパーマーケットで売られているお肉も消費量が多いので、パックになっているものも大きな塊であることが多く、日本で一般的な薄くスライスされて綺麗に並べられているようなお肉を目にすることはありません。
なのでよくある調理方法も、挽き肉を使ったりしない限りは、大きな塊のままフライパンで焦げ目をつけて、その後オーブンに入れてゆっくり火を通すようなものだったり、あるいはゴロゴロと大きめの形に切ってブフ・ブルギニョン(Boeuf bourguignon ブルゴーニュ風 牛肉のワイン煮)ように煮込んだりするものが多いですね。
牛肉、豚肉、鶏肉に加え、鴨(かも)や羊、ハトやウズラ、狩猟解禁の期間には猪やキジ、鹿に野ウサギと本当にたくさんのお肉が食べられるフランスですが、今回紹介する鴨は、お肉の中では牛、豚、鶏に次いで多く食べられているものの一つだと思います。
比較的どこのビストロやブラッスリー(大衆的でバーとしてもお酒を提供し、食事もできるカジュアルなお店)カフェでも鴨のコンフィと並んでメニューの中によく見つけられるのが、鴨のフィレ肉のローストです。
本来はフライパンで焼き色をつけた後、オーブンに入れてじっくりと焼き上げますが、今回紹介するのはフライパンだけを使ってでも同じように焼くことが出来るやり方なので、オーブンを備えていないキッチンでも再現ができる方法です。
下処理

買ってきたままの状態の鴨のフィレ肉です。 370グラムほどあるので2人前でちょうど良いくらいの大きさですね。
今回使うのは、鴨のフィレ肉でもマグレ・ド・キャナール(Magret de Canard)と呼ばれる、フォワグラを取るために飼育した鴨の肉で、皮の部分が通常の鴨の倍以上、身自体もとても分厚くしっかりとしているものです。

下処理をします。 包丁を寝かせるように、そぎ切りにして表面の白く見える膜や筋を取り除き、こうして真上から見て、はみ出した白い皮の部分も身の大きさに合わせて切り添えるように包丁の先を使って取り除きます。
こうして取り除いた膜と筋の部分は、フランス料理のお店では通常ソースや出汁を取るのに使われ、余す所無く利用されます。
白い脂の部分はフライパンや鍋に入れて弱火で熱を加えると、透き通った脂が染み出してきますので、ジャガイモやポワロネギを焼くのに使ったり、とっておいてコンフィを作るために利用したりします。

身の方の下処理が終わったら皮目を上にして包丁の先を使って斜めに切り込みを入れていきます。
下にある赤身の部分に多少包丁が触れてしまっても構いません。 むしろ正確に切れ目が皮に入っていることの方が大切です。

次は角度を変えて更に斜めに切り込みを入れ、格子状に切り込みを入れます。 こうする事で焼く時に余分な脂を逃してあげることと焼き上がり後の見栄えも良くなります。
プライパンを使って焼きます
フランスではレストランでステーキを注文すると、サービス人に好みの焼き加減を聞かれます。
最も焼き加減が浅いのが、表面を強火でさっと焼いただけで中身は完全な生のブルー、次いで血が滴るという意味のセニャン(レア)、ちょうど良く、の意のア・ポワン(ミディアム)。 そしてよく焼かれたという意のビアン・キュイ(ウェルダン)です。
ですが特に鴨のフィレの場合には、これらのどれとも違うロゼでの焼き加減が好まれます。
ロゼとは切った時に断面が全体的に均等にピンク色になっている焼き加減のことで、ローストビーフのように中心部までゆっくりと比較的に低い温度で火を入れなければならない為、プロの料理人にとっても上手にロゼに焼くのには、ある程度の経験を要します。
ですが家庭で作る分には、料理人がたくさんの注文表に従って忙しなく動くキッチンとは違い、ゆっくりと一つのフライパンに意識を向けることができるので、きれいなロゼに焼く事ができます。

まず、鴨の両面にしっかりと塩を振り、フライパンに乗せます。 ですがここで大切なのが熱いフライパンに乗せてしまうと身の中心がロゼになるよりも早く周りに火が入り過ぎてしまうため、冷たいフライパンに油を敷かずに乗せるということです。
鴨の乗ったフライパンを弱火にかけます。 そうすることで格子状に切れ目を入れた皮からジワジワとたくさんの脂が溶け出してきます。
こうしてゆっくりと弱火で火を入れ始めることで、身の中心部にかけてだんだんと熱が伝わるように焼いていきます。

特にこのマグレ・ド・キャナールは脂をとても多く含んでいるので、火にかけてから5分ほど経ってフライパンを傾けると、こんなにもたくさんの脂が出てきます。
脂が充分に出てきたタイミングで火を極弱火から中火に上げ、皮付きのままのニンニク一片を潰して加えます。(お好みで、もしも手に入るなら乾燥したタイムなどのハーブを加えるのもおすすめです)
このままフライパンを傾けながら脂の中でニンニクの香りを出し、鴨に風味を移すようにアロゼをしながら焼き色を付けていきます。
写真のように鴨の身の分厚くなっている方を手前にしてあげる事で、火に近いフライパン下方がより多く触れ、全体に均等に熱を加えていく事ができます。
アロゼ(arroser)とはフライパンやオーブンで特にお肉を焼く時に使うフランス料理の基本的な技法で、底に溜まった脂や肉汁、バターやオイルなどを、スプーンで何度もお肉にかけてあげる事でフライパンに直接当たらない上部にも熱を加えることができます。 また、乾燥を避けて味を閉じ込めながら、均一に焼けるといった利点もあります。
時折皮の付いていない方もひっくり返して焼きますが、9割は皮目が下になるように置きながら焼いて、身の方からは基本的に小まめにアロゼをする事で火を通していきましょう。

ひっくり返してみると綺麗な焼き色がついています。 この要領でここからは全体的にきれいな焼き色をつけるつもりでアロゼを繰り返します。
指で中心部を軽く押すと、最初は熱が伝わってきていることによって柔らかい事がわかると思いますが、ある時を境にお肉の表面がゆっくりと緊張して張ってきますので、そうしたらそれがロゼに焼き上がるタイミングの一歩手前です。
フライパンや火加減、鴨の大きさによって焼き上がるまでの時間は異なりますが、参考までに今回ですと13〜14分くらいで火から下ろしました。

焼き上がったらアルミホイルの上に置き、そのまま包みます。
なぜこんなことをするのかというと、焼き上がってフライパンから下ろした時点ではまだお肉に熱が入ったばかりで身が緊張した状態にあるので、すぐに切るとたくさんの美味しい肉汁が逃げてしまいます。
それに加え、まだ余熱によってジワジワとお肉に熱が入り続けている状態なのとアルミホイルに包みながら緩やかに温度を少し下げることで、緊張が解けて最も美味しい状態になるというわけです。
よく言われるのは焼いた時間と同じくらいお肉を休ませると良いという事が言われますが、僕としてはそれよりは多少短い時間の方が良いように思います。
焼き上がり

休ませた鴨のお肉をまな板の上に置き、包丁で切って焼き加減を確かめます。
よく焼けました。 理想的なロゼです。
お手軽ソース
伝統的なフランス料理の技法としては、鴨のガラを香ばしく焼いてからじっくりと煮込み、ソースを取りますが、家庭で再現するには、あまりに手間と時間がかかりすぎるので、僕がよく作る簡単だけれどとても美味しいソースを紹介します。
鴨をアルミホイルに包んで休ませている間、焼き終えたフライパンに残った鴨の脂を別の容器に移して、(この脂はたとえば今回のように付け合わせの野菜を焼く時などに利用できます。)そのまま鴨の香りが残ったフライパンを洗わずに赤ワインを少々加え、強火にかけます。 沸騰してアルコールが飛んだらお醤油、ハチミツをお好みで加え、かるく煮詰めたら、これをソースとします。
その他、ワサビで食べたりするのも美味しいですが、鴨のフィレ肉には基本的に甘めで少し酸味のあるソースがとてもよく合うので、イチジクやブドウ、桃やリンゴなどのフルーツをソースに利用するととても美味しいですし、有名なものとしては鴨のオレンジのソースというのもありますね。
あるいは同じ要領で鴨を焼いた後のフライパンを利用して、ジャムやマーマレードを使って赤ワイン、お醤油と合わせて軽く煮詰めるというのも簡単でいて早く、すごく美味しいソースが出来上がるので非常におすすめです。
ポム・ダルファン(Pommes Darphin)

せっかくなのでシンプルですが今日の付け合わせも一緒に紹介しますね。
ポム・ダルファン(Pomme Darphin)というジャガイモを使ったクラシックなフランス料理の付け合わせの定番です。
まずはジャガイモを包丁で薄くスライスにして、その後ジュリエンヌ(千切り)にします。
このあと焼きますが、くれぐれもジャガイモを水に晒さないようにします。 水に晒してしまうとデンプンが流れて上手に固まりにくくなってしまいますので。

弱火であたためたフライパンに薄く油を敷き、ジュリエンヌにしたジャガイモを入れたら薄く塩を降ってヘラを使いながら焦がさないようにゆっくりと焼きます。

全体的に火が通り、しっとりとしてきたら、バターを加えます。
はじめからバターを入れると焦げやすくなるので、こうしてまずはジャガイモにゆっくりと火を入れてから、あとでバターを入れる、というように分けると、とてもきれいに焼く事ができます。

バターが溶けたらフライパンの全面に行き渡るようにジャガイモと一緒に軽く混ぜ、ヘラで均等な厚さになるように丸く形を整えます。
形を整えたら少しフライパンの温度を上げてこのまま動かさずにきれいな焼き色がつくのを待ちます。 焼き色がつく頃にはフライパンを揺すっても形が崩れないくらいに固まってきますので、ヘラと手首の『返し』を使って上手にひっくり返します。

ひっくり返すと美味しそうな焼き色がついています。 こうしてもう片方の面も香ばしく焼き色がついたら出来上がりです。
できたらキッチンペーパーなどで軽く油分をとって、お好みの塩加減に塩を振れば完成です。
鴨の脂を利用して

彩のためにも付け合わせに野菜を加えたいと思うので、鴨の下処理の時に出た脂を利用して、ズッキーニを焼きます。
白い鴨の脂をフライパンに入れて温め、脂が馴染んだらここでもニンニクを一片入れて香りを移すようにしながらズッキーニを両面香ばしく焼きます。

あらかじめ下茹でしておいたニンジンとインゲン豆もズッキーニと同じように鴨の脂で焼きます。 フランスではインゲン豆はとても好まれ、付け合わせとしてはどこでも目にする事ができます。
たとえばメニューの中からジャガイモのピューレが付け合わせと書いてあるアントルコート(entrecôte ステーキに最も好まれる牛肉の部位)などを注文する時に、「お肉が食べたいけれど付け合わせにバターの多いジャガイモのピューレは少し重たいかな」などという時には、「代わりにインゲン豆にしてください」というふうになるわけです。
盛り付けて完成

鴨フィレのロースト
『鴨フィレ肉のロースト インゲン豆とポム・ダルファン添え。』
彩よくお皿に盛り付け、ソースをかけたら完成です。 味の決め手に最後に少しだけ、塩田から採ったミネラル豊富で美味しい塩、フルール・ド・セル (fleur de sel)や岩塩をパラパラとふりかければもう言うことなしです。
それでは温かいうちに。 ボナペティ!!。
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