
美味しいって、いつもシンプル
食べ物に対してとても強い執着といいますか、こだわりを持つ人たちが多いパリで、料理人として料理を作ってきたので、どういった場面でどんな料理が好まれるのかということや、料理人やグルメな人たちやがどういった感覚を持って料理を評価しているのか、という尺度と言いますか、見る目と言いますか、そういった感覚は、これまで費やしてきた時間と経験によってある程度培われてきたと思います。
ですが僕自身の食べるものの好みや食事、料理に対しての理想の在り方といったものは、そうしたものとは少し違うところにあって、レストランで出されるようなきれいに飾られた料理とは真逆の、いわばシンプルでいて本質をついているような料理です。
これまで素晴らしい食材やこだわりの料理法のようなものにもたくさん触れてはきましたが、どうしてもあの有名店のこれが食べたい、この食材の産地はどこぞこに限る、といったことは僕にとってはあまりなく、むしろ最も重要だと思うことは、その土地で誰でも手に入れられるものを利用して美味しいものを楽しみ、工夫しながら作って健康的に食べれるということです。
なんと言っても僕たちの身体が食べ物によって日々代謝を繰り返し、作り変えられているということは紛れもない事実ですので、身体に良い物をバランスよく食べる、ということに意識を少しでも置くことは、健康を長く維持出来るということから人生の幸せにおいて多くの部分に影響するのではと思います。
なのでたとえ美味しいということを知ってはいても、自分の食事にバターや生クリームを使うことはとても稀ですし、揚げ物や普段の食事の後に甘く重たいデザートを食べるなどということもまず滅多にありません。
とは言っても、この長い海外生活の中で時折どうしても『食べたいなあ』と思う食事は、やはり幾つかあります。 当たり前と言えばそうですが、そのほとんどは日本食や日本の食材なので、そう思った時には大抵日系の食材店や日本食材も扱う中華系のスーパーに出向いて材料を揃え、自分で作。
もちろんパリには日本食を出すお店がいくつもあるのですが、とても割高な上に自分で作る方が好みに合わせて作ることができるので、和食屋さんに行くという選択肢自体あまりないのです。
よく数週間の海外旅行に出かけるだけでもインスタントのお味噌汁や梅干しなど、日本のものを必ず持っていくと言う人がいますが、僕もそこまでではないにしろ、日本の味が恋しくなる時があるというわけです。 そんな時には『必要だから食事を作る』ではなく『食べたいものがあるから作る』という気持ちで料理をするので、料理をする時間がなんだかとても充実した楽しいものになります。
そうした時に作る定番料理の一つに、『鯛ごはん』があります。 鯛の身とアラから取った出汁で炊いた炊き込みご飯で、ちょっとした一手間で作れて、鋭気を養うことが出来る美味しいごはんです。
さて、というわけで今日は、フランスの鯛、『Daurade Royale』(ドラード・ロワイアル 王様鯛) を使って僕が作る『鯛ごはん』の作り方を紹介したいと思います。

お刺身やお寿司にしても、ポワレにしても美味しい魚です。
鯛ごはんの作り方

鯛の下処理
面倒な人は魚屋さんに頼めばウロコと内臓を取り除いてくれますが、今日は丸のままの状態で買ってきたので、まずは日本で買ったウロコ引きで、丁寧にウロコを落とします。 この時に利き手と反対の手の親指と中指で魚の眼窩の部分に指をかけるようにして持つと持ちやすくて作業がしやすいです。
背びれや胸びれの付け根、尻尾の周りの取りづらい部分のウロコは包丁の刃先を立てて横に滑らせるようにすると簡単に取り除くことができます。 背鰭は特に鋭く、油断するとチクッと手に刺さってしまうことがあるので気を付けなければいけません。

三枚おろし
頭を落としたらお腹を開いて内臓を取り除き、背骨側に付いている血の部分に包丁を入れて、中を流水でよく洗います。 そうしたら水気を一度拭き取って、きれいなまな板の上で3枚におろして腹骨を外し、中骨も骨抜きで抜きます。
この状態の切り身になればあとはフライパンで皮目をパリパリにポワレにしても、お刺身にしても使える基本的な下処理が終わった状態になります。
切り落とした頭の部分はエラを取り外し、まな板に立てるように置いて包丁のアゴの部分を前歯の真ん中に当てがうように入れると簡単に縦に割るように切ることができます。 2つに切れたら流水で血をきれいに洗い流し、その後左右の頭をさらに各2つに切り、三枚おろしにしたときの背骨も鍋に入れやすい大きさに2から3等分に切ります。

鯛のスープ(出汁)
切り分けた鯛の頭、中骨、腹骨をまとめたら一度水で洗い流し、鍋に入れます。 この時にはまだ水は張らずに別の鍋に一度お湯を沸かし、沸いたら鯛のアラが入った鍋に回しかけるように熱湯を入れます。 熱湯を入れたら直ぐににザルや網を使ってお湯を切ります。(この作業をすることで臭みのない、澄んだ色のスープをとることが出来ます。)
お湯を切ったら今度はアラが隠れるより3センチくらい水位が高くなるように水を張り、スライスした生姜、料理用の紹興酒、塩少々を入れて中火にかけます。 生姜と紹興酒は臭みを取り除いて味に深みを与え、塩は必ずはじめに入れることで味をより引き出してくれます。 こうしたスープ(出汁)を取る時には水から火にかける方がしっかりとした味が出るので、必ず水から火にかけます。 沸いたら火を弱火に落として30分ほどコトコトと煮ていきます。

厨用酒 アジア系のスーパーや食糧店で安価に手に入れることが出来る料理用の紹興酒です。 中華系の人たちは世界中の大都市には必ずと言っていいくらいコミュニティを築き上げているので、おそらくはどこの国でも手に入れることが出来るのではないかと思います。
繊細な出汁と使う時にはやはり日本の料理酒が合うと思いますが、ある程度強い味とぶつける時には使い勝手が非常に良いです。
日本の料理酒よりも遥かに安い値段で手に入れることが出来るのでパリに来た当時から本当に重宝していて、特に唐揚げを漬け込むときや豚の角煮を作るときなんかには普通の料理酒よりも好んで使っているくらいで、今では欠かすことなく家に置いてあります。

30分ほど煮たら火を止めて、そのまま更に20分から30分置いて荒熱をとります。 そうして余熱も利用してゆっくりと冷ますことで最後まで鯛のアラから味を引き出すことが出来ます。

なるべく目の細やかなザルや網などを使ってこします。 澄んだスープが取れました。 このまま味噌を溶いたり、味を整えて薬味を入れて飲んでももちろん美味しくいただけます。

炊きます
出来たらせっかく取った鯛のスープをしっかりとお米に吸わせてご飯を炊き上げたいので、お米にはなるべく水が染み込んでしまわないよう手早く研いでからザルに上げます。
研いだお米を鍋に入れ、鯛のスープを入れます。 今回は鯛の切り身を並べてお米を炊くので浅めで口の広い鍋を使いますが、水面が大きい分、沸騰した時により多くの水分が逃げるので、気持ち多めにスープを入れます。 塩はスープを取る時に少々入れてありますが、香り付け程度にお醤油を少々と先ほどの厨用酒も更に少々加えます。
このまま炊いても良いのですが彩りのためにも小さな賽の目に切ったニンジンを一緒に入れて炊き込みます。 やはり彩りは大切です。
ゆっくりと最低30分はしっかりとお米がスープを吸い込むのを待ってから鍋を火にかけます。 よく『はじめチョロチョロ』と言いますが、お米にしっかりと水分が行き渡っていればいきなり強火にしても構いません。
パリに来た頃、炊飯器を持っていなかったので、その当時からの習慣で今だにご飯はお鍋で炊いています。

沸いたら
沸騰したら火を中火に落とし、鯛の切り身と針生姜、冷凍庫からは、よく使うグリーンピースを一掴み取り出してきれいに並べます。 もちろん春先の新鮮なグリーンピースには負けますが、それでもきれいな緑色が食欲を掻き立てくれます。
はじめから鯛の切り身を並べて火にかけてももちろん良いのですが、こうして時間差で鯛の身を入れるのは、やはりお米と鯛の火が入るまでの時間差にとても開きがあるからです。 つまりは最初から鯛を入れて一緒に炊くと鯛に長時間高温で火が入りすぎてパサパサになってしまうので少し後から入れてあげるだけで鯛の身がしっとりしたままご飯が炊き上がるのです。
鯛を並べたら中火のまま蓋をして炊き上げます。 ひと口に中火と言っても条件が違うのでハッキリと何分とは言えませんが十数分で水分が干上がり、小さくパチパチと音が聞こえ始めるのでそうしたら火を極弱火に落として更に5分ほど火にかけます。

蒸らし
火を止めたらそのまま蓋を開けずに5分から10分ほど蒸らしていよいよ出来上がりです。
蓋を開けると、なんとも食欲をそそる香りが立ち込めます。
お箸を使って鯛の皮を取り除き、混ぜやすい大きな入れ物に移し替えたら、しゃもじを使って切るようにしてよく混ぜ、味見をしたら塩で味をととのえます。
塩加減は足りないと味が充分に引き出せず、入れすぎるとしょっぱくなってしまうのでとても大切です。

新玉ねぎ 辛みが無いのでサラダに入れたり、焼いた肉や魚、野菜とどんな場面でも活躍してくれる新玉ねぎ。 最近よく買うものの一つです。
今回はたまたま冷蔵庫に新鮮な新玉ねぎがあったので薬味として玉ねぎの部分と緑の部分も切って一緒に混ぜ込みました。

盛り付け
お皿に盛り付け、サヤインゲンを散らして完成。 あとは美味しく食すのみです。
魚屋さんで余ったアラを安く買って作るのも良いかもしれません。 ほんの一手間で食べる幸せをいっぱいに感じることが出来るので是非試してみてください。。
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