絵を描く前に

はじめのいっぽ 『心構え』
『心構え』なんて言うと余計に気構えてしまいそうですが、つまりは初心を持つということですね。
初心とは、たとえばいつか絵を描いていて、自分が思うように描くことが出来ずに思い詰めてしまったり、人生においてだって何か大切なものを見失って行き詰まってしまったというような時に、一度立ち戻って気持ちを整理し直し、そして新たに再スタートするために必ずあるべき大切な場所です。
何ごとも自分なりの成長を目指して歩んでいけば、時折迷いが生じるのは自然なことです。 そしてそれを乗り越える時こそが、飛躍的に大きくなれる瞬間です。 ブレことのない、しっかりとした土台の初心を最初に築いておくことで、いつかそれが必ず、迷ってしまった時の指標になってくれることでしょう。
まずもっとも大切なことは自分自身が幸せであるということです。 絵を描き進めていくにあたって、もちろんいつかは人に褒められたい、喜んでもらいたい、という気持ちは必ず芽生えてくるでしょうし、その気持ちは絵を描くにあたって大きなモチベーションを持たらしてくれるはずです。
そして描き続けていけば、いつかは自分の絵を展示して誰かに見せる機会だってきっと訪れるはずですし、場合によってはコンクールに出してみようと思ったりもするかもしれません。
ですがそこで決して忘れてはいけないのが、絵は誰かからの評価を得ることを目的に描くべきではないということです。 なぜならそれを願った時点で、絵を描くことで得られる幸せは、泡となって消えてしまうからです。
この現代社会において、人は嫌でも必ずどこかの誰かと比べられ、そして評価されます。
特に今、IT化のさらなる大きな波によって、多くの人々の仕事がロボットやシステムに奪われるような時代が現実としてやってきました。 そんな中、一度時代の波に乗り遅れてしまえば、人としての自尊心を保つことが難しくなり、自身の居場所やそして生きることへの意味にさえ疑問を抱くことになりかねません。
人は他者と比べられながら、ただ発展だけを追求した労働を重ねるために生まれてきたわけでは決してありません。
絵を描いたり、何か好きなものを見つけられたなら、それらに費やす時間は、あなた自身の幸せを感じられるためにあるべき時と場所であって、この世の誰にもそれを傷つける権利はないのです。
そうしてあなた自身が心に余裕を持ちながら幸せでいてはじめて、他の誰かのことを幸せにすることだって出来るようになるのだと僕は思います。
いざ、筆を手に
さて、いよいよ道具を揃えたら絵を描いてみましょう。 上手に描けるよう頑張っても良いですが、全然がんばらずに遊んだってかまいません。
最初の目標は油絵の具をどんなふうに使うのかを体験することです。 自分の道具を使い、そして正しく片付ける。 それさえ出来たら一人でだって好きな時に油絵を描くことが出来ますからね。 そうすればもう一人前です。
それでは用意したキャンバス、あるいはキャンバスボードに実際に描いてみます。 どんな大きさのものでも構いませんが、もしも迷ったらとりあえず、F8号くらいの大きさのもので始めてみるといいでしょう。 ちょうど窮屈さを感じず、初めて油絵の具を使って絵を描くにはちょうど良い大きさだと思います。
キャンバスの規格、大きさ、材質

キャンバスには画面の縦と横との比率によって F(Figure 人物)、P(Paysage 風景)、M(Marine 海景)、S(Square 正方形)とがあります。
Fはもっとも縦と横の比率に均整がとれた形の規格で、もっとも一般的に普及している形です。 Pは同じ号数でもFと比べて短辺が少し短く、少しパノラマに近づきます。 MはPよりもさらに短辺が短くなり、かなり長細い形になります。 最後にSですが、これはFの長辺の長さの完全な正方形になり、つまりは同じ号数でもっとも面積の大きな規格になります。
名前だけ(Marine 海景)などとついていますが、単に規格としての名前なので、もちろん縦にして描いても、何を描いてもかまいません。それ以外でも変形として、たとえばどこかにはめ込む前提で作られた楕円形や、規格外の比率のものも存在します。
ですがもしも特別に縦長や正方形に描いてみたいということがなければ、やはりFの規格のものがもっとも黄金比と言いますか、もっともバランスが良く描きやすいのでおすすめします。
キャンバスの理想の材質は、やはり耐久性と油絵の具との相性から亜麻で織られたものですが、少し安価なコットン製のキャンバスでも何も不自由することなく描くことが出来ますので予算に応じて選んでかまいません。
そしてもう一つ、キャンバスには数種類の織目(織り方)があるということです。 つまりはどんな太さの糸で織られているかということで、中目、荒目、細目とあり、中には極細目、極荒目といった特殊な規格のキャンバスも存在します。
基本的に一番使われるのは、やはり中目のキャンバスです。 織目の小さく細かいものはキャンバスとして表面が滑らかなので、多くの場合には細密画を描くときに用いられ、逆に目の荒いキャンバスはダイナミックな筆のタッチで表現したい時などに使われます。 ただそういった個性の強いキャンバスは、こだわりがある場合を除いては使われる機会も少ないので、値段も基本的な中目のキャンバスと比べるとかなり高価になりますし、やはり中目のキャンバスを最初に用意することを推奨します。
はじめての油絵の具
パレットを出して絵の具を絞り出します。 最初に揃えたい絵の具は、
ジンクホワイト イエローオーカー バーントアンバー パーマネントイエロー パーマネントレッド コバルトブルー ウルトラマリンブルー ビリジャン クリムソンレーキ
この9色があれば油絵は充分に描くことが出来ます。 出来たらこれに加えて
バーントシエナ ローシエナ セルリアンブルー レモンイエロー コバルトバイオレット
などが加わると、ほぼ一通りの出したい色を作り出すのにはもう充分と言えるでしょう。 その後は描き進めていく過程で新しい色を加えてみたくなった時に買い足していくと良いと思います。
追々、また詳しく書きますが、油絵の具の顔料の中には、発色はとても力強いけれど有毒性のある重金属を顔料に使ったカドミウム系の色、最近は見かけることがあまりなくなったクロム系の色、鉛白が原材料のシルバーホワイト、硫化水銀を使ったバーミリオンといった有毒でいて、さらには他の色と混ぜると顔料同士の化学反応によって後々変色してしまう可能性のある、魅力的な色だけれどちょっと玉に瑕がある、といった絵の具があります。
有毒性がある顔料を使った絵の具のチューブには国内外のメーカーを問わず、決まって注意書きがありますし、口や目に入れてはいけない、などの当たり前のことを守れば良いだけなので、わざわざ有毒性を怖がって敬遠するほどのものではありません。 ただとりあえずはそういった混色制限がある絵の具に気を使って集中力を妨げられないためにも、これらの色は油絵の具を使い慣れたもう少し後で買い足すとしましょう。
油絵の具で出来る表現
油絵(油彩)は、たとえば誰もが知っている画家、ゴッホのように分厚く、そして力強く絵の具をキャンバスに乗せ、情熱のままにわずか数日で1枚の絵を仕上げてしまうことだって出来ますし、レオナルド・ダ・ヴィンチやフェルメールのように薄く何層にもわたって絵の具を塗り重ねながら、長い歳月を費やし、繊細で透き通るような色の表現の絵を描いたり、あるいはマティスのように気取らず自由に翼を広げて描くような爽快な表現の絵だって描くことが出来ます。
なので小学校で誰もがやったことがある水彩絵の具と比べると、なんだか難しそうと思われてしまいがちですが、色を重ねることで修正が出来たり、分厚くも薄くも色を乗せることが出来るので、実は自由度がとても高いのです。
そしてそのどんな描き方にも正解、不正解はありません。
あなたが思うように好きに描いて良いのです。
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